観音平古墳群 入口看板

新井・矢代エリア 観光 歴史文化

斐太遺跡が解体し、ふもとの扇状地や沖積地に集落が移動すると、斐太遺跡に隣接する丘陵部は首長層の墓地として利用されはじめ、山の上は山の神霊とともに首長霊を祀る重要な場所へと変化しました。斐太遺跡の北に隣接する観音平古墳群では、これまでの分布調査で57基の古墳が確認され、現在も53基の古墳が良好な状態で保存されています。平成13年と14年に実施した発掘調査により、山頂部に築かれた1号墳と4号墳が前方後円墳であることが明らかとなりました。最後の古墳が築造された時期がわからないため、現在のところ古墳時代の前期から中期にかけての古墳群として評価されています。最高所に築かれた前方後円墳は、近畿・瀬戸内地方で独自に発展し、西日本において権力者の墳墓として普及しはじめたものであるため、この古墳の出現は、近畿地方を中心とした新たな政治勢力との間に接点があったことを示しています。観音平古墳群は、春先のカタクリの群生地としてもたいへん有名です。

詳細情報

住所

新潟県妙高市宮内

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