勝福寺

新井・矢代エリア 観光 歴史文化

真宗大谷派の寺院であり、大字乙吉の字立ノ内という場所に所在します。この立ノ内という小字名は「館の内」という意味で、かつて鮫ヶ尾城を治めた城将の居館が存在したことに由来しています。寺伝によると、戦国時代までは真言宗の山寺で、鮫ヶ尾城を普請する際に、山のふもとにあった勝福寺の境内地の一角を借りて城将が館を造営したと伝えられています。また、御館の乱のときには鮫ヶ尾城将とともに景虎方につき、戦火が及ぶ危険性が高まってきたために一時的に信州方面に逃れたとされています。毎年4月29日には、御館の乱で非業の死を遂げた上杉景虎を供養するために、寺の本堂において景虎忌法要が営まれています。境内には景虎の供養塔と石像があり、多くの戦国史愛好家が献花に訪れています。

詳細情報

住所

新潟県妙高市乙吉

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