鮫ヶ尾城跡 通称二ノ丸跡

新井・矢代エリア 観光 歴史文化

山城内に造作された平坦面のことを曲輪と呼んでいます。この通称二ノ丸跡は本山城の中心となる曲輪の一つで、通称本丸跡の下に位置し、隣接する曲輪からの通路が集まってきていることから、城の中でも特に重要な場所であったと考えられています。発掘調査では、広く造成された曲輪の中央には多くの柱穴があり、建物跡が存在したことが明らかになりました。発見された建物は、地面に穴を掘り、穴に直接柱を立てて屋根を乗せただけの掘立柱建物で、推定による建物の規模は桁行約8.6m、梁行約5.1mでした。建物に接して、戦いに備えて集められたと見られる「つぶて石」が大量に出土し、建物内とその周辺からは、16世紀後半の中国製の陶磁器や国産の陶器なども数多く出土しました。直接、火を受けて表面が焼けた遺物が多く見られることから、御館の乱の戦火によって山城が焼け落ちたとする記録が確かであることが実証されました。

詳細情報

住所

新潟県妙高市宮内

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